森特任准教授とのディスカッション【前半】

名古屋大学では2006年にビジネス人材育成センターが設立され、全国でもいち早く、大学院生のキャリア多様化促進事業が進められてきた。


「博士課程への進学=学者」という風潮が強かった設立当時、支援の想定したターゲットは博士過程学生・ポスドク全体のせいぜい1割だったが、今ではセンターの意義も変わって博士が社会で活躍するためという目的から対象は「10割」に。将来的には「こういうセンターがなくても、各自で人生について考え動くのが当たり前、という状況になってほしい」と、同センターの森特任准教授(以下:森さん)は言う。


今回は、これまで多くの学生・ポスドクのキャリアの悩みに向き合ってきた森さんを本企画メンバーが訪ね、博士人材のキャリア形成を巡る状況について、お話を伺った。


その内容を<前半>と<後半>の2回に分けてご紹介したい。

<前半>人生の中の位置づけとして・・・/強いのは、「自分で動ける人」/緩やかな専門性

<後半>プログラムの成功と人生の成功/ 「どこに所属するか」が成果ではない




人生の中の位置づけとして・・・

相談内容で多いのは、就職先の紹介や、満期退学やオーバードクターのメリット・デメリットなど。以前よりも博士学位取得者の就職状況が活発になったこともあり、「どう動けばいいか」と、就活に関する情報を求めて相談にくる人も増えたと言う。

森さん:そういうときに、就活の「テクニック」で悩んでくる人がいますが、「人生どうしていきたいの」、「何やりたいの」、と聞くと弱い人が多いんです。確かに、手法だけを知りたいという人もいますから、そういうときはテクニック的な話になりますが、本当の根本はもっと、「こうなりたい」とか「世の中にこうしたい」といった思いがある上で、人生の中の位置づけとして、あるいは社会の中でやりたいことに対して、「今は博士でこういう研究していて、これからは・・・」というようなその人の考えがあるはず。こういう質問をすると、ぱっと答えられたり、「今すぐ答えられないけれど考えてみます」と反応のある方と、こういう概念を理解するのに時間がかかる方、全く考えてこなかったという方がいるんです。


強いのは、「自分で動ける人」

メンバー(藤井):博士をでて就職を実際にできている人をみると、どういう要因が強く影響していると思いますか?

森さん:圧倒的に、「自分で動ける人」。当たり前ですが、自分で動くなかで、この情報仕入れてみようとか、ここに相談行ってみようって進めていける人は大抵、自分の人生を決断してつくってていくことができる。


メンバー(近藤):リーディングの学生は、そういうところは比較的得意なんでしょうか。

森さん:得意だと思います。特に差が出ているなと思うのは、海外研修など、自分個人では経験できないような大きなチャレンジをしたことがあるかどうか。あ、なんか違うなーっと思って過去の経験を尋ねると、海外で苦労したりしていて、明らかに違う印象がある。それ以外では取り組み方によって、仕方なく研修を受けている人と一生懸命受けている人とで違いがある。プロジェクトにしろ、シンポジウム企画にしろ、日本でも海外でもなんでもいいんですが、何か自主的にやっていると、意識として変わってくるように思う。先ほどの、「社会に対して貢献したいこと」とか、「自分のやりたいこと」という話になったときにも、ぽん、と反応があるのはリーディング大学院で濃い経験をしている方に多いです。それはたぶん研修自体でもやっているだろうし、研修が考えるきっかけにもなっているし、自分を売り込めるものとしてもともと持っているものもあり、いろんな相互作用の結果だと思うんですが、(リーディングの影響は)あるなと思っています。


培ってきた分野の感覚という意味での緩やかな専門性

森さん:博士の就職に関して他に特徴的なのは、昔に比べて「分野」ありきじゃなくなってきていること。「リーダーシップ」とか、自分の強みや自分のアイディアなどをちゃんと的確に伝える力があるかとか。ただし、リーディングの先生方ともよく話題になることですが、海外企業や国際機関、アカデミアは、「専門性の積み上げ」的なところがある。海外では広い意味での専門性を積み重ねて、「私これできる、それできる、だからとってよ」そして、そのプロジェクトが終わったら「これもできるようになったから次、こっちとってよ」というアピールの仕方です。日本企業はそうではなくて、「総合的な力があります、コミュニケーション能力あります、リーダーシップあります、専門はここなんですけど」みたいな。会社の中でもジョブローテーションで、全然違うところの業務についたりする。ここが、留学生が就職活動のアピールポイントがわからなくて苦労するところでもあります。
今は、博士の採用でも、リーダーシップや研究遂行能力といったところが強調されますが、今後、ぐーっと専門寄りになっていく可能性もあると思います。それは細かい専門や「農学部」とか「理学部」っていう(縦割りの)専門ではなくて、培ってきた分野の感覚をもつと言う意味での緩やかな専門性。トランスファーラブルスキルはもちろん絶対に大事ですが、専門性の積み上げとしての教育もやっぱり大切だと思う。今ちょっと微妙なところなんじゃないかと思います。(全員に)全く同じ教育をしていても、就職が決まる訳じゃないかなっていう気はする。そういう意味で、リーディング大学院は自分で選択して入学し、選択して各種研修を受けていくという意味で、有効に利用するといいと思いますよ。


編集後記

 社会の中で「働き方」が大きく変わってきている今、「博士」という学位の取得を自分の人生にどう位置づけ、意味づけるかは学生にとって重要な問いである。森さんの話を伺っている中で、キャリアについてのビジョンや、現時点の位置づけを相対化して考える視点は、教えられたことというより、それを考えさせられるような環境に曝露されてきた結果であることを改めて実感した。リーディングというプログラムの強みの一つはそこにあるように思われる。


 また、「博士学位取得者」の強みを考える上で「専門性」をどうとらえるかは、学生のキャリア形成においても、今後の大学院教育を考える上でも避けられないテーマである。我々の所属する登龍門プログラムでも、コアとしての「専門性」と、「コミュニケーション能力」や「問題解決能力」などのスポークとを区別して、両者の養成を掲げているが、「専門性」の定義自体も議論されていかなければならないと感じた。



お話を伺ったのはこの人!!

森典華(Norika Mori)特任准教授 

名古屋大学学術研究・産学官連携推進本部「国際産業連携・人材育成G」所属。ビジネス人材育成センター「B-jin」(ビージン)では、博士・ポスドクを中心とした若手研究者のキャリアパス支援(個人面談、B人セミナー、長期インターンシップ、企業情報の提供等)を行う。相談員は、各分野の教授や研究者が務める。http://www.aip.nagoya-u.ac.jp/graduate/career/


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